2010年02月09日

貧困は戦争への免疫力を低下させる

 米アメリカンフットボールリーグ(NFL)の頂点を競うスーパーボウルは、ニューオーリンズ・セインツがインディアナポリス・コルツを破り、「聖者の行進、ここに完結」の名実況を残してNFLの今シーズンは幕を降ろした。日本ではまだマイナースポーツの範疇にあるアメフトだが、アメリカでは野球、バスケットを遥かにしのぎ、ダントツの1番人気を誇っている。

 私が応援しているのはデトロイト・ライオンズというチームなのだが、スーパーボールの盛り上がりには全く関係が無く、尋常ではないほど弱い。 2008年はリーグ史上初のシーズン全敗。2009年も2勝14敗と大きく負け越し、ここ10年の勝率は最低。何故そのようなチームを応援しているのかを書き出すと紙がいくら有っても足りないので割愛するが、あまりの弱さにスタジアムには閑古鳥が鳴いている。1シーズンの試合数の少ないNFLではチケットがプレミア化し完売するのが当たり前で、売れ残れば「ブラックアウト」という地元で試合中継が放送されないペナルティが課せられるくらいなのだが、ライオンズは今年のホームゲーム8試合中4試合もチケットが売れ残った。

 もちろんチームの弱さがファン離れの最大要因だが、地元ミシガン州の経済状況も大きく影響している。ご承知の通り、デトロイトを中心としたミシガン州は「自動車王国アメリカ」の屋台骨であったが、燃費のいい日本車に押され業績が悪化した所にサブプライム・ショックが発生。ビッグ3のゼネラル・モータースとクライスラーが経営破綻し、創業者一族が経営するフォードが唯一生きながらえているのみとなってしまった(皮肉にもライオンズのオーナーはこのフォード家である)。その影響で工場の閉鎖や自動車関連の企業の倒産が相次ぎ、失業率は全米トップの15%を超えた。元々治安が悪い事で有名なデトロイトから富裕層は郊外へ脱出。市の中心街はゴーストタウンと化しており治安がわずかに良くなった理由は「誰も人がいなくなったから」という笑えない事態になっているようである。このような経済状況ではスタジアムに行きたくてもチケットを買う金が無い、というファンが増えて売れ残るのも必然であろうか。

 低所得者層の経済状況の悪化はデトロイト・ミシガンに限らず、格差の拡大は全米で進んでいる。全米の失業率は26年ぶりの高水準で、米政府が低所得者を対象に発行する食料配給券(フードスタンプ)の受給者数が8月に過去最高の約3650万人に達した。資産を1000億円以上持つ人が数パーセントいる一方で年収二万ドル以下の人々が20パーセント近くいる超格差社会である。高カロリーで栄養価の低いファストフードに頼らざるを得ない人々が肥満による健康被害が増大しているが、国民保険のないアメリカでは高額な民間保険に入る余裕の無い者は病院にもかかることが出来無い。子ども達も教育に金を掛けられないため大した職に就けず、もはや貧困層から抜け出す事が出来無い「格差固定社会」となりつつある。そこから抜け出す為には奨学金で進学出来て、高額なサラリーを貰える可能性のあるスポーツ選手にでもなるしかない。

 そんな中で「兵隊になる」という選択肢は職や収入を得るには確実な方法である。一時期志願者数が減少傾向にあったものの、2009年度の陸・海・空軍および海兵隊の新規入隊者数は目標を上回る成績を残した、という事である。オバマ大統領がイラク戦争の過ちを認め、イラク、アフガンからの帰還兵が現地の状況の悲惨さを語り始めた事によって、アメリカ国内に厭戦の雰囲気が広まっているのにも関わらず、である。

 「年越し派遣村」の“村長”であった湯浅誠氏は著書の中で「貧困は、同時に戦争への免疫力も低下させる」と述べている。「若者を戦争に駆り出すために、徴兵制や軍国主義イデオロギーよりも効果的な方法がある。まともに食べていけない、未来を描けない、という閉塞した状況に追い込み、他の選択肢を奪ってしまえば、彼/彼女らは『志願して』入隊してくる」のだと。

 経済状況が回復しないのはアメリカだけではない。日本でも政権交代が実現しても一向に良くならない経済状況に閉塞感はさらに高まりつつある。内で高まった閉塞感は外に発散するしかない。先の見えない未来に世論が右傾化しつつあるのは確かである。数年前「31歳フリーター。希望は、戦争」という文章が物議を醸した。このままではどうやっても幸せになれない「平和」よりも、社会が流動化する戦争の方が幸せになる可能性がある、という論旨である。「兵士として死ねば英霊として靖国神社に祀られ、人間の尊厳を認められるが、このままでは犬死するしかない」と。「戦争を希望する」という主張は暴論のようだが、文をすべて読むと主張は極めて冷静である。平和を願う我々はこのような主張にどのように応える事が出来るのか。「すべての人が平和でなければ、本当の平和ではない」と言う事が問われているように思う。

黒田了智(芦北町・覚円寺)

  

Posted by 藤岡崇史 at 23:41Comments(0)TrackBack(0)Vol.47-2010.02.25

2010年01月26日

退職して1年、さて…

 昨年3月に退職しました。それからは朝飯・晩飯づくり、野良仕事の合間にあちこち出かけ出会いを楽しんできました。中学生のころからの夢であったイースター島(ラパ・ヌイ)に行き、モアイと人なつっこい人々に会えました。4度行くことになった韓国。そのうちの3回は鎮海(チネ)でした。1935年に発行された地図を見ながら歩くことのできる鎮海。1910年(日韓併合)前後に日本海軍が住んでいた農民や漁民を追い出してつくった街が鎮海です。直径100mもある中央ロータリー、そこから八方に延びる道路、広い道路は幅30m以上もあります。残っている多くの日本家屋。日本が朝鮮半島で何をしてきたのか一目瞭然です。もっとも、創氏改名は朝鮮の人たちが日本名がほしいと望んだ・・・と言った国会議員だったら、「日本が立派な街をつくってやったから今も韓国の人が感謝してそのまま使っているのだろう」となるのかもしれませんね。鎮海では偶然に出会った方(韓国人)に街を案内していただき、バスでは高校生とも仲良くなりました。福岡地方裁判所にも行きました。平日に行われる裁判は仕事をしながらでは傍聴することができなかったのですが、平日に時間をとることができるようになってからは、在日コリアン高齢者無年金福岡裁判にも参加することができるようになりました。原告の1世が必死に生きてきたぎりぎりの人生を語られた時、横に座っていたハルモニ(おばあさん)が「私と同じやねえ」とつぶやかれました。

 さて退職して1年が過ぎ、野良仕事をしながらこれから何をしようかと考えました。自分にできて、自分がしたいことで、自分がしなければならないことは何だろう・・・。出した答えは「聞き取り」でした。

 私は桂川町にある「強制連行を考える会」に入っています。在日コリアン1世、2世との交流の機会も多く、強制連行、強制労働の体験も聞いてきました。ところが2005年末、強制連行はなかったという本が飯塚市在住者から出版されました。総会でこの話をとりあげた時、参加していた在日コリアン2世から、「じゃあ私のおじさんは誰が連れてきたん?」「背中の傷はどうしてできたん?」と怒りの声があがりました。体験をお聞きした1世の多くが体調を壊されたり、亡くなったりしていく中で、強制連行はなかったという本が出されたのです。この攻撃を返すためにも、1世の体験を詳しく具体的に聞いて記録しておくことが大事だったのです。今からでもできる範囲でと考えています。
 強制連行がなかったというだけでなく、従軍慰安婦はいなかった、集団自決に軍の関与はなかった、南京大虐殺はなかったという攻撃も激しくなってきています。沖縄の集団自決に軍は関与したかどうかが話題となった時に、沖縄出身の知人に聞くと、沖縄ではだれもが住民の自決を軍がすすめたと思っているけどねとの答えが返ってきました。
 私は実際に体験を聞いたり、資料を見たりする中で強制連行も、従軍慰安婦も、軍による集団自決の強要も、南京大虐殺もあったと思っています。あったことをなかったことにしてしまおうとする人たちには、ぜひ『荒れ野の40年』(ヴァイツゼッカー)を読んでほしいものです。あったことはあったこととして認め、反省し、それを越えていくことができないのだろうか。私は、私の先達が行ったいいことも悪いこともしっかりと自分のこととして受け止め、自分をふりかえり、その上でつながり合えたらいいなと思っています。
 遅くなってしまったことは分かっていますが、今からでも聞き取りを始めていきます。

柴田正彦(福岡県・桂川町)

この原稿は「虫の家だより第87号」より転載させていただきました。  

Posted by 藤岡崇史 at 00:18Comments(0)TrackBack(0)Vol.45-2009.09.17

2009年10月25日

対話を始める、そして、つながり合う





 「非戦・平和を願う真宗者の会・熊本」は、結成五周年を記念して、北朝鮮による拉致被害者家族会前事務局長の蓮池透さんとドキュメンタリー作家で思想家の森達也さんを講師に招いて講演会と対談を行った。

 七月上旬からこの両者の対談が『マガジン九条』に連載され、そこで何度も告知が行われたことや、講演会直前にヤフーのトップページに地域情報として紹介されたこともあり、東京をはじめ遠近各地から多くの人々が参集した。

 講演の内容は非戦の会から事前に依頼していた、
①拉致問題解決が滞ってしまっている原因と、その打開策について
②拉致問題が明らかになったことによって喚起された日本の屈折したナショナリズムについて
③「人権・平和」を声高に叫びながら拉致問題について口を閉ざしてきた、いわゆる「リベラル派」が内包する問題について
という三点と、森さんの専門分野であるメディアの功罪が中心となった。

 また、さらに宇治和貴さん(託麻組・廣福寺副住職)が加わった対談コーナーでは、憲法九条の問題に踏み込んだ話も聞くことができた。

 ちなみに会から依頼した上記の三点については、蓮池さん自身の課題でもあったようで、八月末に出版された『拉致対論』で、ほぼ同内容のテーマでの対談が収録されている(対談相手は現代企画室編集長太田昌国さん)。
※  ※  ※
 講演会では、蓮池さんが「首脳同士が正式に取り交わした平壌宣言を蔑ろにし、制裁一辺倒で対応しようとしている日本の態度に問題がある」とした上で、「戦前・戦中の植民地支配に対する賠償を行い(平壌宣言は冒頭に「日朝間の不幸な過去を清算し」と謳っている)、北朝鮮と対等なテーブルで交渉を進めることに解決の道がある」と訴え、森さんは独裁政治がおこなわれていたチャウシェスク時代のルーマニア崩壊を例に出し「国交正常化を先に行い、情報と人材を流入させることによって状況を変化させた上で交渉を行ってみては」と語った。

 現在の日本政府の方針、また家族会・救う会が要請している方法論とは異なり、二人は揃って拉致問題解決への方法を「対話重視」の政策だと主張した。

※  ※  ※
 特に印象に残ったのは、「弱者であるべき被害者家族が強者になってしまった」と蓮池さんが自嘲気味に語られた言葉である。
 自らを問い直すことなく他を問い詰める行為は、何物にもかえがたい充実感と一体感を生み出すのであろう。だからこそ暴走しやすいし、他者を傷つけることに躊躇がない。 「北朝鮮=加害者=悪」・「日本=被害者=正義」という単純な二元化構造ですすめられている運動は、その危険性に強く配慮せねばならない構造となっているのではなかろうか。しかし、メディアの報道で知る限り、また今回の蓮池さんの講演を聞く限り、そういう配慮はまったく見当たらない。

 拉致問題に限って言うならば、北朝鮮が加害者側であることは動かしがたい事実である。しかし、被害者はあくまでも拉致された人であり(蓮池透さんにしても被害者ではなく、被害者家族である)、全くの他人(救う会のメンバーやメディアに感化された市民)が短絡的に絶対正義を振りかざし、声高に絶対悪として北朝鮮を糾弾していく、このような我が国の国民世論が、全世界の人道支援を喚起し、北朝鮮を動かしうるのであろうか。被害者の本当の痛みを安易に理解したような態度は、かえって失礼にあたりはしないのか。だからといって、被害者の声に向かい合うことをしなかった、これまでの私たちの態度を正当化することはできないが…。

 近年になり、北朝鮮の核開発問題と拉致問題を包括的に考える風潮がある。しかし、戦前・戦中における植民地支配の賠償問題を抜きに考えるのは、あまりにも独善的ではないだろうか。(ただし、それを理由に被害者に「痛みに耐えよ」と言うつもりはない)

 拉致問題に関して今までまったく動こうとしなかった私たちに、こんなことを言う資格はないのかもしれない。しかし、「自らを問い直すことなく、他を問い詰める行為から得る充実感と一体感」から、本当の打開策が生まれてくるかと、強く考えさせられた。

 またそれは、いわゆる「リベラル派」をはじめとした私たちすべてが内包する重要な問題でもある。それを忘れるならば、私たちの立場も単なる独善的な見解でしかないのだということも、改めて痛感した。
藤岡崇史(熊本市・真行寺)  

Posted by 藤岡崇史 at 19:51Comments(0)TrackBack(0)Vol.46-2009.11.19